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「葬(おく)れ <涅槃(ねはん)>」
青年の詠唱。
天に突き上げられた、奇妙に捻れた長鎗。
それは、おどろおどろしい人外の魔物達を害する為に行われた。また、それは、蛭が皮膚に張り付く不愉快と不快な質感を伴った。
彼は詠唱と共に、手にした鈍く輝く長鎗を、草でもなぐように、空間を切り裂くために振るった。
彼を囲んだ多数の魔族……人間と比べれば明らかに異形な彼らを巻き込み、彼を取り巻く空間自体が、物理法則を無視してぐにゃりと歪んだのが、遠くからでも確認できた。
「……最期か。あっけないから実感もない。だが、幕引きだ。
快哉、快哉。思えば愉快な生だった」
覚悟を決めたのか、口元をわずかに緩めた魔族の司令官が言った。無惨に半身が引きちぎれてはいたが、瞳だけはむしろ異様にぎらついていた。
軽く人の倍の背丈はあろう筋肉の塊である悪鬼達。
一分の隙間なく硬く鋭い針に覆われた獣達。
各々が生き血を啜ってきた業物や、邪気を撒き散らす杖を持つ魔人達。
彼の周りには、指揮していた魔界の精鋭達が、既に物言わぬ姿でひれ伏していた。そのおぞましい絨毯のために敷き詰められた魔族達は、とても十や二十で済む数ではない。
戦場を見渡すと既に生きた魔族の姿は無く、各所で人間達が歓喜に震える声を挙げている。
戦況は決していた。
彼自身も、傲岸たる響きを持った声は兎も角として、その躰は紅に染まっている。更に、彼は言葉を続けた。
彼からすれば、事態の元凶。残虐な人間に。
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