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季節は巡り…────
花々の咲き乱れる春が訪れ、気付けばエレーヌが去ってから1年近くが経っていました。
麗らかな春の日には不似合いな張り詰めた空気が、コート国の王城の一部に流れています。
「申し上げます!」
慌ただしく注進が王の前に通されました。
只ならぬ雰囲気に、王の表情も引き締まります。何事かと、王妃も王を見つめます。
「セリシンからの使者がお見えになりました!」
その言葉に、王は眉を顰めました。
セリシンからの使者が来ることは、予めセリシン王からの書簡が届いており、通達もしてあったはずです。
「…予定通りではないか。何か問題があるのか?」
まさか、一個中隊が訪れている訳ではあるまいし…と、王は困惑の表情で尋ねます。
「従者を一人連れた使者が一名と、予定通り問題はありません。ですが…」
告げる兵士の顔にも困惑の色がありありと浮かんでいました。
言い淀むその様に王はちらりと王妃に視線を向け、立ち上がりました。
予定の時刻よりは少しばかり早くはありましたが、使者が訪れているのであれば、会うのに問題はありません。
王の意思を汲み取った兵士のあからさまな安堵の表情を確認し、王妃も後に続きます。
「…一体何が待っているというのか」
王の呟きに、王妃は答えませんでした。
王たちが謁見の間に入ると、既にセリシンからの使者たちが玉座の前で膝をついて待っていました。
玉座という高い位置からは、伏せられた顔を見ることはできません。
王は兵士たちが慌てる理由が分からずにいましたが、そんな感情はおくびにも出さずに至って友好的に声を掛けました。
「良く参られた、使者殿。まあ、まずは顔を上げられよ」
促されて上げられた使者の顔を見て、王と王妃はあっと声を上げそうになりました。
それと同時に兵士たちが一様に困惑している理由を理解しました。
かつて王妃が『私の娘』と呼んだエレーヌと同じ顔がそこにありました。
「コート王に置かれましては────」
エレーヌと同じ顔の使者は挨拶の口上を延べ始めましたが、王は片手を挙げて制しました。
使者は何か不興を買ったのかと不安そうにしましたが、王はすかさず笑顔で告げました。
「我が国とそちらの国の間で堅苦しい挨拶は必要なかろう。セリシン王は息災か?」
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