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ふいに、ファナの暗い黄金色をたたえた瞳、その細長い切れこみの入った瞳へ暖かな光がさしこんできた。
天地の狭間を押しわけて迫る光芒は遥か彼方からとどいている。地平線上にもう一つの太陽があらわれたかのようだ。
なんだろう。
ファナは好奇心をおぼえ、何のためらいもなく光のやってくる方向へと翼を向けた。
どれくらい飛んでいたのだろうか。
両翼が軽い疲れをみせはじめたころ、光を発している物体の全貌がみえてきた。
それは巨大な光の半球だった。
長い飛行の末、眼前にある光の半球は今ではほとんど光かがやく巨壁と化してファナの視界の大部分を覆っていた。
ファナは光球周辺の飛行にうつった。
光球の円周の一端で二回、三回と旋回をくりかえすうちに奇妙なことに気がついた。
どうやら、光球にむかっていく気流は光球の内部へと流れこんでいるようなのだ。
この光の内部にも風の神セオールの力は及んでいるのだろうか?
もしセオールの支配する領域だったら、危険を感じたらすぐに出てこれるはずだ。
ファナは意を決すると、旋回に入ると同時に大きな弧を描くと光球に向かって滑空にはいった。
まっすぐに光の壁が迫ってくる。
接触する寸前、思わず両目を閉じてしまった。
だが、いくらまってもかすかな衝撃さえやってこなかった。
ゆっくりとまぶたを開くと、周囲の大気は青白色の光で満たされていた。
月光を思わす静謐さをたたえたおだやかな光だ。
光の内部では、奇妙で見慣れない世界がファナの訪れを待ち受けていた。
青白色の空間には、いたるところに小球が浮かんでいる。
内部に浮かんでいる無数の小さな光玉がファナの傍らを通り過ぎていく。
小球は様々な色を帯びていた。あるものは深紅の中に微細な紫をひらめかせ、またあるものは脈打つように明滅をくりかえしている。
それらの間をぬって、ファナは内部の奥ふかくへと飛びつづけた。
せめぎあう小球群をぬけると唐突に視界がひらけた。
荘厳な光の中に何者かがいた。
微かな呼び声が光を貫いて響きわたる。
「…混沌の幼き娘よ…我が名を呼べ…」
ファナは光に包まれている者の名を知っていた。
懐かしささえ感じられる名だ。
彼の者の名を綴ろうとファナが唇をひらいた。
だが、その唇から放たれたものは、冷たい恐怖をともなった絶叫だった。
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