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うすく目をあけると、空には赤い靄がかかっていた。
なんどか目蓋をしばたくうちに空がもとの青さを取り戻していく。
どうやら額を切ったようだった。髪の生えぎわあたりが、心臓の鼓動にあわせてしきりにうずいている。
傷口と思われるあたりに翼指をのばしてみると鋭い痛みがはしった。
あわてて額の中央にある産毛に包まれたアビラに触れてみる。痛みはあったが、アビラが無傷なのを知ってファナの口から安堵のため息がもれた。
念のため、目を閉じてアビラに意識を集中してみる。
…ボゥ…ボゥ……ボゥ…
遠方から微かなかけ声が聞こえる。
部族の男たちが獲物を狩りたてる時に発する歓喜をはらんだ感情のうねりだ。
男たちの興奮しきった声音からすると、どうやら獲物は砂鮫のようだった。
「もう砂鮫<ピラ>がわたってくる季節か…」
傷の痛みに思わず顔をしかめる。
彼女の肩からは、体を覆いつくすほどの巨大な翼がはえていた。
体についた砂をおとすために両翼をふるわせると、ファナの腰布のみをつけた体から赤砂が血の汗のようにすべりおちていく。
ファナは長くふしくれだった枯れ枝を思わす翼を太陽にむかってひろげ、翼が傷ついていないか丹念に調べはじめた。翼骨のあいだに広げられた飛行膜が太陽の光をうけファナの顔に赤い影をおとす。翼は所々にかすり傷があるものの、これといってひどい怪我はしていないようだった。
安心したファナが翼をゆっくりと閉じる。
「へんな夢をみたな。あの光に包まれた人は誰なんだろう。私の知らない精霊か、それとも砂漠をさまよう悪霊<バラム>なのか・・・・」
独り言をつぶやきながらファナが遠方に視線を向けると、あたりには見慣れている荒涼とした風景が広がっていた。
背後には一族の者たちが住まう聖なる岩山、ミトラ。そして眼の前には茫漠としたうねりをみせる赤い砂漠の海があった。
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