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強烈な日差しの中、ファナは赤い風紋の続く地平線へと目を向けた。
赤い砂漠、その凶々しい色は太古の昔、神々の戦いにおいて死した狂える巨人ディーバの血潮を吸って染まったのだという。
赤砂のうねりの中、微かに動くものがあった。
巨大なピラだ。
一族の男たちが十人がかりでも持ち上げられそうにない大きさだった。
小さい頃、族長であり呪術師でもあるグルスから教えられたとおり、ファナは風の向きを慎重に調べた。グルスの言葉によると、ピラたちは瞳を持たないかわりに嗅覚が鋭く、ピラの風上にいたら確実に場所が知られてしまうということだった。
微風だが、砂漠から吹いてくる熱風はファナがピラの風下にいることを教えてくれた。安心したファナは、距離がだいぶ離れているのを確認したうえでピラをじっくりと観察した。
巨大な鎧を幾重にも重ねたのような皮膚をもつピラは、その巨体を赤砂の上に横たえていた。
眠たげなピラが大きなあくびをした。
開いた口から岩石をも噛み砕く鋭い牙の羅列がのぞく。
ファナは不審な顔つきでピラをながめた。
なぜなら、ピラの活動する時刻は夜にかぎられ、日中は小岩のような鼻だけを地上に出して寝ているはずだからだ。そのため狩りにおいてピラを見つけだすのは困難であり、もしも最初に探しだすことができたら、しとめた者の次に自分のほしい部分の肉を得る権利を与えられるほどだ。
「群れからはぐれたのかな」
一族の男たちに知らせようとアビラに意識を集中しかけたとき、ピラの腹部のあたりで何かが動いた。
小鳥のさえずりを思わせる微かな鳴き声が聞こえる。
ピラの子供だった。母親のピラにむかって鳴きつづけていると、やがて子供の声にこたえて母親は横に転がり白っぽい下腹をみせた。
子供が母親の乳房にとびつき乳をすいはじめる。
鳴くのをやめ、夢中になって母親にすがりつく子供を見て、ファナは仲間を呼ぶこともなく背を向けて走り出した。
ファナの駆けていく震動を感じたピラが、子供をかばいながらすばやく砂の中にもぐりこんでいく。
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