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「…わたしは翼をもつ者だ…わたしは翼をもつ者だ…」
走る速度をあげながら、ファナの唇からいつもの口癖がくりかえされる。
心臓の鼓動がたかまっていき、やがてファナの疾走がゆっくりとした歩調にかわりはじめたころ、彼女の眼前には巨大な物体が蒼天をつらぬくようにしてたっていた。
一族の崇める神々<ヒューム>の末裔、偉大なる木神ラサの姿だ。
太陽を背にして砂上から何本もの巨大な幹が螺旋状にからみあってそびえたつ姿は、漆黒の鱗をもつ地竜ガルダンの群れがよじれあい、地中から天に向かって咆哮しているかのようだった。
赤砂からのびているラサの根元の一端にたどりつくと、ファナはひざまずき、ラサの中でも最古の老木<デュマ>に祈りをささげた。
一族の住む岩山<ミトラ>の周囲にも幾本かのラサが群生していたが、砂漠の海にのみこまれつつあるこのあたりまでくると、いまだに朽ち果てることなく生きているのはデュマを残すのみとなっていた。
現在の主木はイフニだが、族長であるグルスの子供のころはデュマがラサの主木として崇められていたという。
短く祈りをささげたあと、ファナはデュマの固い樹皮に覆われた幹の一本に足をかけるとすばやい動作で登り始めた。幹には足場になる切れこみが階段状に刻まれていて、ファナが登っていくのを助けてくれる。
上へと登っていくにしてがって、額の中央にあるアビラが微かにながれるデュマの歌をとらえはじめた。
部族の者は皆ラサから歌声など聞こえないというが、ファナのアビラは間違いなくデュマの歌声をとらえることができた。
地下から吸い上げる水の音にあわせて、ラサ・ココ<ラサの心臓>とよばれるラサの最上部にある場所から、かぼそい歌声、もしくは話し声ともとれる音が聞こえてくるのだ。子供の頃、ラサの声がするとファナがつぶやくと、まわりで遊んでいた子供たちはきまってこうはやしたてはじめたものだった…ファナが悪霊<バラム>の姿をみた、ファナがバラムの言葉を話していると。
『おまえはヒュームの神々から、ラサと風の声をきくアビラ、そして翼を持つものとして生まれるという栄誉を賜ったのだ』
グランのいつものなぐさめる言葉が頭に浮かび、ファナは激しく頭をふった。
気がつくとラサ・ココへと続く洞穴の入り口にたどりついていた。
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