10人が本棚に入れています
本棚に追加
1・翼を持つ者
カゼ。
カゼ・ノ・コエ。
風・ノ・声・ダ。
心の中でくりかえす呪文。
今日はアビラが風の声をよくとらえてくれる…。
ファナは紺碧に染まった大空を飛んでいた。
広げた両翼は風をはらみ、身体をはるかな空の高みへとおしあげていく。
空は青く澄みわたり、雲の影は見えない。
背中にふりそそぐ陽光と頬をすりにけていく風の心地好さに、思わずファナの口元に笑みがこぼれた。つられて、まだあどけない唇の隙間から二本の小さな牙がのぞく。
亜麻色の髪の毛がファナの褐色でなめらかな頬をたたいた。ファナのつややかな髪からは、先端の尖った小さな耳がつきだしている。
邪魔だな。
ファナは声をださずに胸の内でつぶやいた。
髪がなければもっと風を感じることができるのに。
首をふり、まとわりついた髪をはねあげながら空をみる。
巨大な蒼穹の広がりが視界を覆っていた。
私は、飛んでいる。
そうくり返し思うたび、わきあがる興奮にファナの身体は震えた。
大空はファナの希望の印だった。
どこまでも続く青い天空は、世界の理を生みだした神々の姿だ。
地上に広がる赤い砂漠は地平線の彼方まで続いていた。
風紋の続く砂漠に動いている物の気配はなく、ただ、ファナの小さな影のみが地表をかろやかに追いかけてくる。
二度ほど、翼をゆっくりと羽ばたかせた。
飛行膜が風を受けて膨らむ。
遠くへ行こう。
まだ見たことのない場所へ…。
ファナは風の吹いてくる方向に体を傾けると、力強く翼をはためかせた。
心地好い熱風はファナを助け、彼女の行く手をはばむものは何もなかった。
最初のコメントを投稿しよう!