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その後、僕は先ほどの老婆の孫が言っていた食欲のアキや、芸術のアキ、美術のアキ、行楽のアキなど、さまざまなアキを見て回った。
そして今、僕は最初の男がいた場所に、戻ってきていた。男は僕が来たときと変わらず、大木にもたれかかって遠くを眺めている。僕は男に声をかけた。
「一通り回ってきました。」
「あぁ、君か。どうだった?」
「はい。確かに春とは違いました。」
「ふむ、そうだろう。」
「アキには、何もないんですね。」
男は口を閉じて、ちらりとこちらに目をやった。そしてしばらくの間流れた沈黙を破り、口を開いた。
「………そうだな。」
「春にはいろいろあります。入学、進級、卒業、新たな環境への準備にせわしなく動き回り、新たな出会いへの期待に顔を輝かせています。
アキにはそれがない。アキには、何もすることがないのです。しかしだからこそ、することのない人々は何でもできます。」
「それが秋の魅力だよ。」
「ええ、僕もそう思います。だからまた、あなたのところへ来たのです。」
「……どういうことかな?」
「僕はここに来て、たくさんのアキを見ました。読書のアキ、スポーツのアキ、実りのアキ……人々はみな、自分の思うことをやっていました。でも、あなたは何もやっていません。ここはあなたにとって、何のアキなんですか?」
再び長い沈黙が訪れた。男は胸ポケットをごそごそとあさり、タバコを取り出し火をつけた。口から吐いた煙が男の顔を隠す。その煙が消え、男の顔を隠せなくなってから、男は口を開いた。
「秋はな、夏と冬の間なんだ。夏にはしゃぎすぎた奴は、秋に来るのさ。秋から夏へは戻れない。秋の次にあるのは、冬だけだ。」
「………。」
「秋っていうのは、そういう所さ。」
「……そうですか。ありがとうございました。」
「もう行くのかい?」
「はい、僕にはまだ、やるべきことが必要です。ここにはいられません。」
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