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気が付くと、白雪の過去のビジョンは消え、現実に戻っていた。
黒鋭は呼吸を乱して崩れ込み、ワンテンポ遅れて倒れる白雪を受け止めた。
彼女の意識は朦朧としていた。
「やはり、彼女の過去は酷だったようだな」
黒鋭を見下ろして言うサトリは、白雪へ手を伸ばした。
巧馬の元へ連れて行く為に。
「…白雪は連れて行かせない」
黒鋭の鋭い眼光がサトリを射抜く。
連れて行かせない、と言った彼の声は、さっきまでとは違っていた。
唸るように低く、確かな殺気が篭っていた。
背筋を悪寒が走るのを覚え、サトリの手は白雪に触れる前に宙で止まった。頬を嫌な汗が伝う。黒鋭の眼光に捕われてから、びりびりとした寒気が全身を覆っていた。
(恐れているのか…?俺が、この男を?)
悪寒の意味を理解しない内に、自然と足が後退する。
獰猛な肉食動物に狩られる寸前の草食動物になった気分だ。
「…無駄なことだ。あの方から何かを守るなんてできはしない」
平静を保ってサトリは黒鋭を睨み返して言う。
黒鋭は巧馬の笑みを思い出し、歯を噛み締めた。
あいつさえいなければ、彼女は安らかな時間を生きられたのに。
あの悪魔のような男と出会いさえしなければ。
「彼女の傍にいれば、巧馬様の目はお前にも行く。そうなれば、お前の命は巧馬様の手の中だ。死にたくなければ関わらないことだ」
白雪が他人と関わろうとしない理由がはっきりとした。
自分と関わった人間は殺される。
だから関わらない。
だから一人でいようとするのだ。
可哀相に。
理不尽に未来を捩曲げられて。大切な者を奪われて。身勝手に玩具のように扱われて。
耐え難い精神の苦痛。
可哀相に。
「俺は彼女の傍にいる。彼女を守る」
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