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そして、今伝わってきている体温は、生きている証拠。
ここにいるという証。
二度と失いたくない。
「……死な……ない…で…」
震える小さな声が訴えるたった一つの願い。
白雪は声も出さずに、ぽろぽろと透明な滴を流し、黒鋭の手を非力ながら握り返した。
黒鋭はそっと彼女の肩に腕を回した。その体は思っていた以上に華奢で、力を入れれば壊れてしまいそうなほど弱々しかった。
「死なないよ。君と、自分自身の為に」
彼の言葉は、彼女の中でこだましていた。
彼を信じてみようか。
初めてそう思うことができた。
彼なら……信じてもいいかもしれない。
君を大切だと想う気持ち。
君を手放したくないと想う気持ち。
君の為とか、守りたいとか、決して嘘ではなく、全て本音だけど、傍にいたいって思うのは、それ以上に自分の気持ちがあったからかもしれない。
だから、「君の為」なんて詭弁で、もしかしたら、自分の為に君の弱いところに付け込んで、君が離れて行かないようにしたのかもしれない。君と一緒にいて、満たされたいが為に。
そうだとしたら、俺は巧馬よりも卑劣で、最低な人間だよね。
俺は“いい人間”ではないから、その可能性は高い。
だけど、これだけは信じてほしい。
俺は自分の為だけではなく、君の為に傍にいるんだということ。
君を苦しめたくないということ。
君を大切に想っていること。
信じてほしい。
俺の君への気持ち。
広い和室の奥。
開いている障子の向こうは庭。
白い着物を身に着けている男が、その向こうに視線を向けていた。
「戻りました」
聞こえてきた声に、視線を滑らせ、自分と反対側に位置している襖を見遣る。
「あの子はどうだった?サトリ」
襖の向こうにいる人間、サトリに男は尋ねる。
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