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サトリは部屋の中には入らないまま、男の質問に答えた。
「やはり、今でも彼女にとって貴方の存在は闇」
「…………へぇ…」
男の口元が上がる。妖し気な気配が彼から発せられた。
サトリはその気配を感じ、思わず身震いしてしまう。
男はサトリにとって、絶対的な存在であり、この世で最も恐ろしい存在。
彼に付き従っていても、恐怖は拭えない。
「ところで、あの子は連れて来れなかったのかな?」
全身に緊張が走る。
報告しないわけにはいかないが、不安が過ぎってしまった。今、失敗したなんて発言して、無事で済むのだろうか。
「も…申し訳ありません。訳あってお連れすることはできませんでした」
自分の失態を伝え、体を強張らせる。が、予想外にも男の反応は落ち着いたものだった。
「訳というと?」
どこか楽し気な声。
彼に仕えてもう三年になるが、彼がはっきりと感情を表にしているところを、一度も見たことがない。
見たことがあるのは、腹の読めない不気味な微笑みだけ。
それは怒りを表にされるよりも恐ろしかった。
「黒鋭という男が、彼女の傍にいました。貴方との過去を見せても、その男は彼女の傍にいる、と」
サトリが言い終えると、襖が横にずれた。この場には彼とサトリの二人しかいないが、彼は部屋の奥にいるため、自らはこの襖を開けることはできない。
彼は見えない力を使って、襖を開けたのだ。
「どんな男が知りたい。お前の記憶を見せろ」
「はい」
言われるままに、サトリは彼に黒鋭との記憶を見せた。
自分が彼以外に恐れのようなものを抱いた男。真っ直ぐな鋭い瞳。
そんな黒鋭を見て、彼はどんな反応をするだろうか。
思わぬ展開に機嫌を損ねるか…。それとも……
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