第四話 笑顔と名前

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雨の日はあまり好きではない。 あの日の残像が鮮明に目の前に広がるから。 まだ煌呀が死んで間もない頃は、雨が降っていると、とてつもなく不安な気持ちになった。あいつが来るのでは、と。 当時は今よりもあいつの存在を身近に感じて、雨が降ると、部屋に篭って身を縮めていた。 どんなに強いチカラを持っていても、あいつには敵わない。本来のチカラを発揮することも、あいつの前ではできない。 そんな弱い私、愚かな私が嫌い。 数日が経ったある日。日中だというのに、空は薄暗い。空を覆っている雲は雷雲。激しく降る雨と雷の音が部屋に充満する。 窓は全てカーテンで隠されていて、電気もついていない。 この部屋で、白雪はソファーに腰掛け、目を閉じていた。 網膜に焼き付いた三つの顔。 煌呀と巧馬と…黒鋭。 煌呀が命を落とした時の光景に重なって、黒鋭が笑みを零した時の姿が浮かぶ。 心なしか、今までより気の重さが多少は軽い気がする。 それは恐らく、彼の存在があるからだろう。 ジリリリリリリッ… 何の前触れもなく響き渡る呼び鈴の大きな音に、白雪はハッとして目を開いた。 この部屋はホテルの一室で、偽名を使って泊まっている。ボーイが来たのだろうかと思い、立ち上がりドアに向かって歩き出す。 「…白雪?」 ドアノブに手を掛けたところで、動きがピタリと止まってしまった。 彼女を“白雪”と呼ぶのは一人だけ。…そう、ドアの向こうにいるのはボーイではなく、黒鋭だった。 彼だと分かった途端に手が止まってしまったのは、気持ちに踏ん切りがつかなかったから。長い間他人との関わりを避けて来たのだ。いくら彼の『死なない』という言葉を信じようと思っても、すぐに今までの自分の在り方を変えるのは容易ではないし、やはり、本当にこれでいいのか、という思いもある。 こんな浮ついた気持ちのまま会っては、まとまる物もまとまらない気がした。
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