第四話 笑顔と名前

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「…ぁ、ごめんなさい…いつもと感じが違っていたから…新鮮で」 笑みの残る口元から謝罪の言葉が出た。 彼は笑われたことに苛立ちなんて感じていないし、謝ってほしいとも思っていなかったが、彼女は自分を凝視してくる彼の視線を、謝罪を要求しているものだと解釈し、謝罪の言葉を一つ口にした。 が、彼にとっては、自分が笑われたことで感じる不快感なんかより、彼女が笑ったということの方が重大だった。 「初めて見た。…笑った顔」 笑ったことを指摘されると、白雪は不思議そうに口を押さえた。 笑顔になるのは何年ぶりだろう。それも、こんな平凡なやり取りの中で、無意識に。 「笑った…笑った」 黒鋭は、さも自分のことのように、嬉しそうに微笑んだ。 その時、白雪の心の中で微震が起きた。本人でさえ気付かないほどの、本当に微かな心の揺れ。 (……私が…まだ笑えたなんて…) 幸福な言葉とは縁遠い人生を送ってきた彼女は、いつしか笑うことがなくなり、笑うことを忘れていった。 初めから笑うことを知らないかのように。 今、こうして再び笑えるようになったのは…。 白雪はじっと黒鋭の瞳を見つめた。鋭い彼の瞳も、「何だい?」と彼女の紺碧の瞳を見つめ返す。 ……彼の…お蔭…。 笑うことを思い出せたのは、彼がいたから。 (…嗚呼…そうか…) ふと、本当に一緒にいてもいいのかと悩んでいた自分が、馬鹿馬鹿しく思えてきた。そんなこと、考えるだけ無駄だ。 『自由になっていいんだよ』 彼はそう言った。それは、どうするべきかではなく、どうしたいかが重要だということ。 何も考える必要はなかった。ただ、自分の思うようにすれば良かったのだ。
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