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「…ぁ、ごめんなさい…いつもと感じが違っていたから…新鮮で」
笑みの残る口元から謝罪の言葉が出た。
彼は笑われたことに苛立ちなんて感じていないし、謝ってほしいとも思っていなかったが、彼女は自分を凝視してくる彼の視線を、謝罪を要求しているものだと解釈し、謝罪の言葉を一つ口にした。
が、彼にとっては、自分が笑われたことで感じる不快感なんかより、彼女が笑ったということの方が重大だった。
「初めて見た。…笑った顔」
笑ったことを指摘されると、白雪は不思議そうに口を押さえた。
笑顔になるのは何年ぶりだろう。それも、こんな平凡なやり取りの中で、無意識に。
「笑った…笑った」
黒鋭は、さも自分のことのように、嬉しそうに微笑んだ。
その時、白雪の心の中で微震が起きた。本人でさえ気付かないほどの、本当に微かな心の揺れ。
(……私が…まだ笑えたなんて…)
幸福な言葉とは縁遠い人生を送ってきた彼女は、いつしか笑うことがなくなり、笑うことを忘れていった。
初めから笑うことを知らないかのように。
今、こうして再び笑えるようになったのは…。
白雪はじっと黒鋭の瞳を見つめた。鋭い彼の瞳も、「何だい?」と彼女の紺碧の瞳を見つめ返す。
……彼の…お蔭…。
笑うことを思い出せたのは、彼がいたから。
(…嗚呼…そうか…)
ふと、本当に一緒にいてもいいのかと悩んでいた自分が、馬鹿馬鹿しく思えてきた。そんなこと、考えるだけ無駄だ。
『自由になっていいんだよ』
彼はそう言った。それは、どうするべきかではなく、どうしたいかが重要だということ。
何も考える必要はなかった。ただ、自分の思うようにすれば良かったのだ。
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