第四話 笑顔と名前

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二人で。 心の奥で埋まっていたちっぽけな願いが、たった一つの望み。 それ以外の答えを、彼は否定し、許さないだろうから。 たとえ、この答えが間違っていたとしても。 「一緒に…いてもいいの?」 絞り出したような小さな声。 注意していなければ聞き逃してしまいそうなほどの。 「あぁ、勿論」 黒鋭は優しく細い笑みを浮かべ、一回りも二回りも小さな白雪の手を取る。 彼女の声は、しっかりと彼に届いていた。 彼が心待ちにしていた答え。 何とも言えない感情で胸が高鳴る。 「一緒にいよう」 今も明日も、ずっと笑顔でいられるように。 少しずつ慣れればいい。 一緒にいることが当たり前にしよう。 「ありがとう…ごめん」 「…どうして謝るの?」 小首を傾げて問う白雪に、黒鋭は笑みを絶やすことなく応えた。 「何でもないよ。俺が言っておきたかっただけだから」 自分の手を白雪の手から離し、彼女の肩に持っていき、フワッと抱きしめる。 白雪は離れようとするが、黒鋭は気にせずそのままでいる。 「ずっと、二人で」 たとえその選択が間違っていても。 二人でいよう。 ありがとう。一緒にいることを選んでくれて。 ごめん。一緒にいることを選ばせて。 いつか君は苦しむかもしれない。 一人の時にはなかったもので、酷く苦しむかもしれない。 だから、言っておきたかった。 ありがとう。そして、ごめん。 「…黒鋭、サトリに…巧馬に私がこの街にいることが知られてしまったから、移住しなければいけないんだけど」 伏し目がちにして、申し訳なさそうに言う白雪。最後まで言えずに言葉を濁すが、黒鋭は言葉の続きを読み取って返答する。 「俺も行くよ。君の行く所ならどこだって」 微笑んで手を握る黒鋭の言葉には、嘘なんて少しも感じさせないものがあった。
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