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心強い。確かな存在が目の前にいる。
白雪は照れ臭そうに礼を言った。
「ねぇ、君は白雪って呼ばれるのと、本当の名前で呼ばれるの、どっちがいい?」
「名前…?」
唐突な質問に、白雪は眉を曇らせる。
「あぁ。偽名で呼ばれるより本名の方がいいだろう?」
今更だか、その場凌ぎで作ったような偽名より、本当の名前で呼ばれる方が誰だっていいはずだ。
「私の名前は白雪でしょう?」
「………え?」
予想だにしていなかった彼女の言葉に、黒鋭は何と返せばいいのか分からず、ポカンと口を開いていた。
彼女は涼しい顔で、割り切ったように言う。
「人との関わりを絶ったあの日、私は自分の名前を明かさないと決めたの。だから私を呼ぶ時は白雪でいい」
そう言って、「貴方は?」と聞き返す。
自分は白雪でいいが、こういった話を持ち出してきたというかとは、彼は本名で呼んでもらいたいのだろう。
だが、白雪は黒鋭の名前を知らなかった。教えてもらわなければ、呼べるものも呼べない。
「俺の名前は黒鋭一つだよ」
少々的の外れた応えだった。黒鋭は取り繕うように言葉を続ける。
「俺には親に付けられた名前がなかった。自分で付けてみたりしたけど、虚しくて駄目だった。だから君に…白雪に名前を貰うまで、名前がなかったんだ」
自分が自分自身になれていないようなモヤモヤしたものが、名前を持っていなかった頃にはあった。
でも、今はそんな物見る影もなく晴れやかだ。
自分は黒鋭。黒鋭が自分。
黒鋭は穏やかな表情で、白雪の肩に頭を垂れた。
「そうだよね」
ぽつりと呟き、ホッとしたように目を閉じる。
何だか、彼女に認めてもらえた気がした。
自分は黒鋭で、彼女は白雪。
それでいいのだ。
今はまだ。
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