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ほんの少しだけ満ち引きを繰り越す水の中。
動く水に流されるようにしてクレスは居た。
分厚い硝子一枚が隔てたその先の世界は、遥か昔の感情が渦巻いている。
―――汚いなぁ……
ぼんやりと思いながら、クレスは傍らの生き物に視線を滑らした。
血のように紅い角、紅い鬣を持ったその生き物は今眠っている。
力を使い果たして眠っていた。
クレスは、この生き物が綺麗だと思う。
体を被うその紅も、紅に見え隠れする漆黒の体も、全てが綺麗だと思った。
此処に来る前の事は、何も覚えていない。
それを"おかしい"と思った事は一度も無い。
"始めから知らない"モノを思い出せる者なんていない。
それでも此処から出る事が出来た時、何をすれば良いのかという事は知っている。
出られる時、それは自分の半身が目覚めた時。
―――だから、暫く眠ろう
―――世界を壊す、その日迄
生き物に寄り添うように、クレスは目を閉じた。
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