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―――イヤだよ、嫌だよ、もう見たくないよ
それは昔の、まだ"ゼフィ"が幼い時の忌まわしい記憶だった。
窓から見える外の景色は吹雪いていて、開け放たれた扉から吹き込む強風が暖炉の発する熱を奪い去っていく。
玄関から耳障りな金属音がしたかと思えば、顔色を蒼白に変えた父が、ゼフィの黒髪を撫で付けて言うのだ。
―――母さんと地下のお部屋に行きなさい
母はゼフィの手を引いて地下室へ、父は壁に立て掛けた獣避けの銃を握って地下室への扉の前に立つ。
母に有無を言わさず木箱の空箱に押し込められて、文句を言おうとしたゼフィの口を母の手が塞いだ。
その手が震えているのに気付いて、押し黙る。
父が居る筈の部屋から聞こえる音が何かだなんて、知りたくなかった。
―――パパは?
―――オオカミさんに、『あなたたちのおうちはここじゃないよ』って教えに行ったのよ
そう強がる母の顔など見たくなくて、木箱の間で膝に顔を埋めた。
―――何があっても、此処から出てきちゃダメよ
―――なんで?
そう問えば、母は困ったように微笑んだ。
そんな顔をさせたい訳では無いのに、幼いゼフィには何と言えば分からなかった。
―――カーーーーン
入り口のドアノブが吹っ飛ぶ音と同時に聞こえた音は、父が以前森から下りてきた熊を威嚇して追い払う時に撃った銃の音に良く似ていた。
僅かに射し込んだ明かりが母とゼフィの入った箱を照らし、そこからは全てがスローモーションで進む。
あの銃の音がして、母が倒れて、其処を中心に真っ赤な液体が流れて、ママ、嗚呼、ママが死んじゃう、"また"ママが死んじゃう!!
幾度も繰り返された過去、展開なんて解りきっている事なのに、幼い自分は嗚呼、なんて馬鹿で無力なんだろう!!
箱の蓋を跳ね上げて、母に縋り付こうとする腕はあまりに重い。
現実を受け入れるにはゼフィは幼すぎて、吹き込む寒気で急速に温度を失う母の体を揺する事しか出来なかった。
そしてそれを遮るようにこめかみに押し付けられた銃口は、寒い筈の部屋の中であまりにも熱かった。
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