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――カチャリ、
力なく後ろ手で鍵をかけたトイレの個室。
店内に流れる洋楽も、僅かに遮ぎられて遠くに聞こえる。
安い居酒屋のトイレだと、蛍光灯に目が眩むのが好きじゃない。
けど、
「…‥ あー…」
バーのトイレの、眠気を誘い込むようなこの薄暗さも、アルコールが巡る身体には良ろしくない。
落ちてくる瞼を何とか持ち上げつつ、トイレを済ませたら赤西に家に帰ると告げようと決めた。
明日の(正確に言えばもう今日だけど)仕事に支障がでるのは勘弁だ。
クリスタルストーンが散りばめられた洗面台で手を洗って、濡れた指先で簡単に髪をセットする。
履いてるデニムで叩くように手を拭って、ドアを開けた。
「かめ、大丈夫?」
クリアーになった洋楽と同時に聞こえた赤西の声。
開いたドアの斜め向かいにその姿を見つけて。
壁にかるくもたれ掛けてた背中を離して、赤西は俺の顔を覗き込んだ。
「‥やっ、うん。大丈夫。」
――大袈裟なくらいのフラッシュバックが、脳裏を過ぎる。
『俺のことばっか、見てんでしょ』
赤西は、知っている。
俺が、押し殺そうとしている感情を。
俺の隠そうとする姿を。
全部、見透かしてるんだ。
「…っか、にしっ」
縮められた距離を離すように、慌てて赤西の肩を緩く押し戻した。
「‥そろそろ、帰らないと。俺、あしたも仕事だし」
「‥ん、そか。じゃあ先に外でといて」
「…なんで?」
俺が無意識に傾げただろう首を、赤西は可笑しそうに真似をした。
それから鼻をすん、と啜って言う。
「俺がきょう無理矢理かめ連れて来させたし。だから、奢る」
「‥…あ、いや、いいよ。俺けっこう飲んじゃったし、自分の分くらい払…」
「ちぃがくて!んじゃなくて。俺が、出してぇの」
ちぃがくて、って…
ちょっと日本語おかしくないか。
「おとなしく奢られなさい」
「…‥えっ、と。じゃあ‥ご馳走様、です」
取り敢えずかるく頭を下げて、赤西にまくし立てられるまま、一足先に店を出た。
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