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「っし。行くか!」
ぼんやりと夜空を眺めていた背後から、会計を済ませた赤西に声をかけられ、振り返る。
「あっ、なんか、ありがとう。奢って貰って」
「んーー。きょうだけ特別!俺、最初に甘やかすタイプだから」
…それ、後からお前がきつくなるだけじゃね?
なんて。嫌みのひとつ、言おうとしてやめた。
「それはどうも」
最初と態度が違うとか、そんな言葉や不満はきっと言われてこなかったんだろう。
だって赤西のこの容姿だ。
最初に与えられてしまった甘い蜜に溺れて、幻覚に追い縋ることしか出来なくなる。
偽りだらけの時間と関係を、嘘で縛って。
囁く言葉は『アイシテル』?
それとも、
『ソバニイテ』
頷く相手を嘲笑うんだろう。
「―――かめ、」
「俺、家こっちだから‥…っ」
そのまなざしに捕われる前に、目を伏せて。
「かめ」
「、っじゃあ、お前も気をつけて帰れよ」
その声に、振り返るな。
「かめ、」
「‥おやすみ、っ」
―――走れ。
「――――…っ!!」
知ってるんだ、この感情を。
「待てって」
「赤西っ、離…」
掴まれた腕が、振りほどけない。
「送ってく」
「‥大丈夫だか‥…!」
続く筈の言葉なら、引き寄せられた体の隙間に解けて消えた。
赤西の匂いが鼻先を掠めて、頭のなかが真っ白になる。
「もうちょっとだけ、一緒にいたい」
赤西の低い声と、言葉。
すべての思考を置き去りに、尚も強まる抱きしめられた腕に、もう抵抗なんか出来なかった。
急速に上がっていく鼓動に、始まりだけを知った。
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