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その男の名前は、黒田次郎。
仕事で国外への出張は勿論、国内を秒読みのように飛び回っていた。
そんなある日、取引先の受付譲に一目惚れをして三年前に結婚に至った。
妻の名前は美弥子。
大人しい品のある美人だった。
その上料理も上手く掃除洗濯と、主婦業を楽しくこなす。
人が羨むような妻であった。
始めの一年は、色々と話も弾んだ。
めったに帰れないというのもあって国外へ出ると、その国の景色や、その国の人達の面白話が出来ていたのである。
しかし、最近の二人は会話というものが無かった。
『一体どうして、こんな冷めた夫婦になってしまったのだろう?』
美弥子は家に帰ると外国への出張が多い黒田に、日本食をこまめに作って待っていてくれた。
黒田の好物をちゃんと覚えていてもくれた。
そして、部屋には塵一つ無いように掃除が行き渡っている。
自分でも解からないが、美弥子と居るとイライラしている自分がいた。
何も不平不満を言われた事も無い。
黒田自身が、甘えているのか?
完璧すぎる妻に嫉妬しているのか?
家を空けてばかりいる自分に対しての罪悪感なのか?
それとも、三年も経っているのに子供が出来ないという事なのか?
そんな事が、頭の中でグルグルと回るようになってからは美弥子が明るく、
「アメリカの方はどうだったの?」
話を振っているのに対してさえ
「別に・・・・」
と、しか答えられなくなってしまっていた。
美弥子は、そんな時はそれ以上、何も話さない。
寂しそうに台所に次の料理を盛り付けに行くのだ。
黒田は、そんな姿さえも腹ただしくなって来ていた。
美弥子は、出張の前に必ずパッチワークに使うピースを、お守りの代わりにと、黒田のアタッシュケースに付ける。
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