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糸で丹念にハートや星などが描かれている。
結婚当初は照れながらも外にぶら下げていたが、最近は中のポケットに部分に挟むようにしていた。
出張から帰ってくると美弥子は、そのピースを外して壁に貼り付ける。
年に五十回以上の出張があるので、リビングの壁は色取り取りのピースで埋めつくされていた。
そして、年に一度、そのピースを貼り合わして大きなタペストリーに仕上げて楽しんでいるようだったが、黒田は、その壁を見るのが嫌で仕方ない気分になってきていたのだ。
そして、とうとうこの出張の前に訳の解からないまま黒田は、爆発してしまった。
「お前は、俺に無言の嫌味を込めて、これを作っているのか!」
自分でも変な言いがかりで、怒っているのが解かったが、止められなかった。
壁に止めてあるピースを引きちぎるように、リビングに撒き散らす。
色とりどりのピースが、花畑のように散乱した。
美弥子は、そのピースを子供のように大事そうにかき集めていた。
反論もしない美弥子の姿に、ピースを持つ美弥子の姿に、黒田のイライラはピークに達してしまった。
気が付くと美弥子をぶっていた。
美弥子は、小さく身体を縮め、ピースを抱え黙ったまま泣いていた。
「もう・・・終わりなのかもしれない。」
黒田は、自分に対して腹が立っていた。
美弥子にすまないとも思っているのにもかかわらず抑えきれない自分の気持ちだったに違いない。
仕事が上手くはかどらない毎日が、黒田の心を荒んだものにしていたのかもしれなかった。
「嫌いなわけじゃない・・・・どうして?美弥子にあたってしまうのだろう?」
そんな気持ちからか、黒田は美弥子に傍に居ては、いけないようなそんな気持ちになっていた。
黒田の親は、二年前交通事故で二人とも亡くなっている。
一人っ子なので勿論、兄弟も居ない。
家族と呼べるのは、美弥子一人だというのに、優しく出来ない自分を、責めていたのだった。
だから、今回は帰宅するのに飛行機を使わなかった。
家に帰るのが怖かったのである。
この変なバスに乗り込んだのも、美弥子の為に神様が命じたのではないのかと、思われたのだ。
『別に私が居なくなっても美弥子は困らない。その為に高額な保険にも入っているのだから・・・・美弥子にはその方が幸せなのだ。』
と、自分に言い聞かせるように黒田は呟いた。
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