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俺は彼女の写真を前にただ、涙を流すことさえできずに立ちすくんでいた。
目の前の細長い箱には、当然、花と一緒に彼女の死体が横たわっているだろう。
俺は何も聞かされていない。
俺が知っているのは、彼女が死んだというその事実だけ。
どうして彼女が死んだのかは知らない。
彼女が今、どんな顔で眠っているのかも知らない。
知りたくないわけではない。
でも、知ってしまうのが怖い。
気持ちの矛盾。
心持ちの重圧。
耐えきれない。
だから、怖い。
知ってしまうのが怖い。
知ってしまったら自分が消えてしまいそうな錯覚。
独りになった俺の心が、林檎の果実の中身のように白く薄れていくのを感じた。
頬に伝う確かな温度に気がついたとき、いつだったか彼女が言った言葉を思い出した。
「泣いたら涙がもったいないよ?」
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