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聞けば、ケイタは一昨日から実家に戻ってきていて、明日には帰るらしい。全然知らなかった。昔はご近所事情なんて筒抜けだったのに。
「もう帰ろうと思ってたところなんだ」
ケイタは汗を拭い、歩き出す。
目的地が同じ方向だから、私たちは一緒に帰路に着いた。並んで歩くのは、中学生の時以来だった。
何だかぎこちなくて、しばらくはお互い無言で歩いた。先に口を開いたのは、ケイタの方だった。
「俺、多分もうすぐ結婚する」
「……そうなんだ」
「彼女が妊娠してさ。今流行りのデキ婚ってヤツ?」
そう言ってケイタは、中学の時から付き合っていた、例の彼女の名前を口にした。
「ウチの両親は今のところ反対だけど、何とか説得してみる」
ケイタが戻っていることを私が知らなかった理由が、何となく分かった。
つまり大人の世間体。分かってしまう自分も、嫌だったけれど。
ケイタは昔と変わらない笑顔で、でも、その目は真剣だった。
「おめでとう。頑張ってね」
――私はその言葉を、本当に心の底から言っただろうか?
ケイタはありがとうと返事をすると、急に立ち止まった。私も、ケイタを振り返る格好で立ち止まる。ケイタは夕日を背負っていたから、表情はよく読み取れなかった。
「どうしたの?」
「アスカ、さっき俺のことケイタって呼んでくれたよね?」
「……うん。それが?」
「いや……俺さ、中学の時からずっと、何かアスカに嫌われてるんだって思ってたから、ちょっと嬉しかっただけ」
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