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実家は、東京から電車で二時間掛かる普通の場所だった。
築何十年だろう二LDKのアパートで、私は十八歳まで母と二人で住んでいた。
うろ覚えだが、父がいた記憶はあるものの、母からは私が十歳の時に亡くなったと聞いている。
今回みたいに葬儀を出した記憶がない。
お墓参りもした覚えもない。後になって、父には別の家庭を持っており、母が愛人だったことを知った。
だから私には余り父の記憶がなかったのだと、幼いながらも納得していた。
女手一つで私を育ててくれた母。父がいない寂しさを感じたことが少なかったのは、母が必死になって私を育ててくれたからかもしれない。
母には十分感謝をしている。感謝をしているのだが、どうしてもあのアパートには居たくないと思ったのも事実だ。
いつから思ったのは定かではないが、十歳の頃だと思う。
一泊二日の林間学校から帰ってきた私は、部屋の雰囲気が昨日と違うことに気が付いた。
家具などはいつもと同じなのだか、何かが違っている。
妙な違和感に、私は母に『私がいない間、何かあったの?』と聞いてみたが、母は『何もないわよ?』と答えた。
その日を境に、私は部屋にいることが嫌でたまらなかった。
何が一番嫌だったのかは覚えてはいないが、微かな記憶の中にあるのは終始、誰かに見られているような気がして気味が悪かったのだ。
どこからか、誰なのかも判らないまま、月日は過ぎていった。
その中で、一番驚いたことがある。
それは、母のおかしな行動だった。
それは中学に入った頃だ。クラスの友達の影響でビジュアル系のバンドにはまった私は、壁に掛けるカレンダーを買った。そして、元々掛けてあるカレンダーと交換しようと触れた瞬間、背後から母の甲高い声が制止したのだ。
「何をやっているの!そのカレンダーはお母さんの友達から譲ってもらった大切なものなの!触っちゃダメよ!」
当然、私は驚いた。
滅多に怒らない母が、初めて感情を露にして怒ったのだ。私はすぐに謝ったのだが、母はしばらくは口を聞いてくれなかった。
やっと口を聞いてくれたのは、翌日の朝だった。
「お母さん、カレンダーに関しては自分が見易いものじゃないと嫌なの。ゴメンね。お母さんの我儘を許してね。」
母は穏やかな表情を浮かべながら、私の頭を撫でて謝ったのだ。
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