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針の飛んだレコードである。
私の人生というものは、針の飛んだレコードである。
益子は、キツネにそう話した。
「そうでございますか。それはそれは、さぞかし大変な人生なのでしょうねぇ。」キツネはそう相槌を打つと、紅くなった目を、余計に紅くさせた。
益子は止まってしまったCDプレイヤーの蓋を開けて中のCDを取り出す。そのCDをケースにしまいながら益子はまた「私の人生は、針の飛んだレコードなの。」言った。
どうやら先ほど飲んだ焼酎が身体を廻りすぎているらしい、確実に益子は酔っていた。
言い終わると同時に、益子は床にへばりつく。
「そんな所で寝ると風邪をひきますよ、さあさあ、ベッドに行きましょう。」キツネは益子の服の袖を噛みながら促している。
あんたって奴は…そう口を開いた益子の口からはアルコールのにおいがぷんぷんしていた。思わずキツネは鼻を押さえる。
「あんたって奴は、本当に良く出来たキツネね。」自力でなんとかベッドまで上がった益子はそのまま枕につっぷしてしまい、キツネは危うく挟まれてしまうところであった。
「ふう。」ほんの少しのため息をつくと、キツネはベッドの下に潜りこみ、身体を丸める。
先ほどの益子の言葉を、キツネは考えていた。
「私の人生は、針の飛んだレコードなの。」
針の飛んだレコード。
それはどれほど滑稽なものだろうか。
いくら繊細なクラシックを流しても、芳しいジャズがソウルフルに流れていても、針が飛んでいたなら、まったく持って様にならない。
「針の飛んだレコード、か…。」
しばしの沈黙、益子の静かな寝息と、壁掛け時計の余りにも正確な手拍子だけが聞こえている。
「…僕の人生も、そのようなものだよ。」
キツネはほんの少しだけ、益子の為と自分の為に泣いた。
赤い目が、また紅くなっていた。
かち、かち、すーっ。
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