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なあオリバー、声をかけたのは間違いなく僕であったのに今こちらを見つめているのはどう考えても僕であった。
オリバーはあれから数日此処に滞在しているが、ずっと笑わずにいた。時折こども達とおはじき遊びや雪玉当てをして笑みを溢す事はあるが、いつものような安心した笑みが見つからない。
ずっと何かを考えているふうでもあったし、何も考えていないようにも見える。彼は虚ろだ、まるでそこに居るのは彼ではなく、何かを適当に映し出すためだけの鏡のようだ。
「なんだい、ジャン。なにかお手伝いをするかい。」優しく微笑むと、彼はまたほんの少しだけ、はがれた。
「僕でいいならいくらでも話を聞くよ、だから」
僕の声をふさぐように、大丈夫だよと彼は言う。
そんな日々がしばらく続いたあと、彼は王様からの緊急召集で城へと帰っていった。
「ジャムは冷たくて暗い所に保存しないとすぐに痛んでしまうよ。」と言葉を残し、彼は帰っていった。
こどもたち、彼はどうしてしまったんだろうね。なあ、こどもたち。
夕飯の子羊のステーキを歯にはさみながら、ヤツは言う。
「遅い、遅いぞウサギ。」
どうやら今日は機嫌がいいらしい。臭い息を吐きながら、笑っている。
「申し訳ありません、王様。ちょっとした用事で外に出ていたもので…」私の話など聞こえいないようだ、ずっとニヤニヤしてこちらを見ている。それは母親に玩具をねだるこどもと同じような目だったと思う。
「一昨日の夕刻、キツネが人間界から帰還したのだ。」
「人間界ですか?それはまた何故…」
「まあ待て、待て待て、焦らずともきちんと説明をしてやる。」
王様は、にやりと笑うとウサギに計画をすべて話した。
すべて聞き終えたあと、ウサギは自分の部屋に駆け出し一日中泣いた。赤い目がより赤くなってしまった。
今夜も誰かが、愛を囁いているかも知れないのに。
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