第1話「ツミとホッペンケルケ」

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    御徒町ビル。     街の喧騒が私を握り潰そうとしている。 「益子くん、悪いけどね、君今日で首だから。」私は今日、5年勤めた会社を首になった。 中学、高校とずっと水泳に熱中していた私にとって、デスクワークなんてただの苦痛であった。なにも感じない。 「あっ。」先ほど買ったばかりのソフトクリームが溶けて落ちた。 なんだか私の人生もこのソフトクリームと同じような気がする。 夏の太陽を浴びすぎて、溶けて駄目になってしまったのだ。 暑い、暑い暑い暑い。 ダメだ、まだ私は溶けていけそうだ。この暑さが私をダメにしている。 あの中学の頃に戻りたい、あの黄色い声援をまた浴びたい。 もう太陽はいらない、私が今欲しいのはひんやりと冷たいプールの水なのだ。   がさがさ。   後ろの草むらが騒がしい。 先ほどからがさがさと、葉の擦れる音が聞こえる。 野良ねこでもいるのだろうか? 下手すると、真っ昼間からイチャつくカップルかもしれない。 だが、もしかすると誰かが倒れているかもしれない。わからない。 いろいろな可能性を考え、私は草むらをかきわけて奥に進む事にした。 こんな大都会に埋まる、小さな公園の草むらだ。 なにか得体のしれないものがいると言う事はないだろう。  「あ。」   得体は知れた。 テレビのニュースやドラマではよく見た事があるが、実物を見たのは初めてだ。 「キツネだ…。」 黄色い身体をしなやかになびかせ、ゆっくりと私に近づいてくる。 まさかこんな都会にキツネがいたとは。北の国からでも三人はキツネの餌付けにとても苦労したはずなのに。 もしかすると誰かが飼っていたものが逃げたのかもしれない。
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