第1話「ツミとホッペンケルケ」

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音を立てずに、ビル風がキツネの背中をなぜた。 金色に近い毛が草原のようになびく。春はもう過ぎた。 「けぅん。」か細く鳴くそれに、私は一瞬で恋をしてしまった。紅く光る目が私を掴み、離さない。 まるでジリジリと太陽に焼かれるような、黒点の中心に吸い込まれていくような、マントルの実にかぶりついたような、ほんのコンマ一秒で私の身体が溶けてしまうくらいの感情を、私はその瞳から感じた。 今もまだ、感じる。 その刹那の時間に、キツネは私の足下まで来ておりストッキングごしに、その草原の暖かさを披露した。 なんて柔らかいのか、キツネというものはこんなにも優しい生き物なのか。 「けぅん。」キツネはまた鳴いた。私のように泣いているのではない、鳴いているのだ。 キツネである事を、さも当たり前のように(事実当たり前なのだが)ただ、キツネらしく鳴いてみせた。 私はそれを見て、また泣いてしまった。涙は出ていない、だが確実に私は泣いている。なぜそれがわかるのか、私にもよくわからない。 「けぅん。」キツネがもう一度鳴いたとき、私はキツネを抱えて歩き出していた。 無数の針に優しく触れたように、キツネのからだはとてもピリピリとする。   マルボロのような、香りがした。
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