54人が本棚に入れています
本棚に追加
音を立てずに、ビル風がキツネの背中をなぜた。
金色に近い毛が草原のようになびく。春はもう過ぎた。
「けぅん。」か細く鳴くそれに、私は一瞬で恋をしてしまった。紅く光る目が私を掴み、離さない。
まるでジリジリと太陽に焼かれるような、黒点の中心に吸い込まれていくような、マントルの実にかぶりついたような、ほんのコンマ一秒で私の身体が溶けてしまうくらいの感情を、私はその瞳から感じた。
今もまだ、感じる。
その刹那の時間に、キツネは私の足下まで来ておりストッキングごしに、その草原の暖かさを披露した。
なんて柔らかいのか、キツネというものはこんなにも優しい生き物なのか。
「けぅん。」キツネはまた鳴いた。私のように泣いているのではない、鳴いているのだ。
キツネである事を、さも当たり前のように(事実当たり前なのだが)ただ、キツネらしく鳴いてみせた。
私はそれを見て、また泣いてしまった。涙は出ていない、だが確実に私は泣いている。なぜそれがわかるのか、私にもよくわからない。
「けぅん。」キツネがもう一度鳴いたとき、私はキツネを抱えて歩き出していた。
無数の針に優しく触れたように、キツネのからだはとてもピリピリとする。
マルボロのような、香りがした。
最初のコメントを投稿しよう!