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総司達が固まっている頃、瑙子は土方に連れられ台所に到着していた。
「離せーこの人さらいっ」
完全に拗ねきった様子の瑙子に土方は微動だにもせず答える。「何とでも言え。おーいツネさんいるか?」
土方は瑙子の首根っこを捕まえたままそう叫び、夕餉の支度をしているであろう『ツネさん』を呼んだ。
「はいはいいますよ‥って於瑙ちゃん!?何かまた悪戯でもしたの‥?」
台所の中から出てきたのはお世辞にも美人とは言えない女性だった。彼女が『ツネさん』である。けれど人柄が良く、彼女は試衛館にいる食客みんなから慕われていた。
ツネは首根っこを捕まれ台所まで連行されてきた瑙子を見て一言そう呟く。
瑙子は慌て首を横に振った。「違うのー!歳さんがあたしに夕餉を作れとか言うんだよ!?あたしにだよ!?あたしが夕餉なんか作ったらみんな死んでしまいに決まってるっ」
瑙子は本気だった。9つの時此処試衛館に預けられてから、家事よりも何よりもまずはみんなが遊び相手になってくれた。そしてやがてそれは剣術の稽古へと繋がり、女と言えど瑙子は料理を作ったことがほとんどないのである。
それは一ノ瀬家にいた時も同じで、理由は違えど瑙子は家事一切を手伝ったことはなかった。
だから瑙子は本気で今置かれてる状況を嫌がっていた。
「ね、ツネさんもそう思うでしょう?あたしが夕餉を作ってそれでそれで若先生が死にでもしたら、ツネさん生きていけるの!?」
若先生ー試衛館の跡取りのことである。名を近藤勇という。そして『ツネさん』は近藤の正室であった。
だからこそ若先生の名を出したのだが、ツネは可笑しそうにクスクス笑い、瑙子を優しく見つめた。「大丈夫よ、死んだりなんかしない。まぁ‥於瑙ちゃん家事から逃げてきたから、美味しいものが作れるかどうかは別だけど、料理に毒なんか使わないんだから安心しなさい」
「散々家事から逃げたツケが回ってきたんだよ。死にはしないんだから、今日はみっちり教えてもらえ。いいな?」有無を言わせぬ口調でそう言うと、土方はツネに目をやった。「ってことだ。迷惑しかかけねぇと思うが、使ってやってくれ」
ドンっ、と瑙子はツネの隣に押された。
「楽しみにしてっからな」再び不適に笑むと、土方は瑙子に背を向け歩き出した。
「歳さんのあほー!」しかし瑙子が叫んだ時にはもうそこには土方の姿はなかった。
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