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「さてと於瑙ちゃん」土方が去り瑙子が叫んだのを見届けると、ツネは笑顔で瑙子の両手を握った。
嫌な予感がする。
とっさに逃げ出そうとした瑙子の肩をツネはガシっと捕まえた。その力は異様なまでに強い。
「あの‥ツネさん‥?」
冷や汗を流しながら瑙子をツネを見つめ弱々しく笑んだ。「なんか‥怖いんですけど‥」
「だって於瑙ちゃん、家事から逃げてばかりだったもの。年頃の娘がそれではいけないわ。近藤家の娘として、いずれ然るべき家にお嫁に出しても恥ずかしくないように、ひとまず今日は料理の作り方を覚えましょうね。土方さんも協力的なんですから」
「だからあたしはお嫁になんて行きませんっ」瑙子は首をこれでもかという風に振り、溜め息を漏らした。「近藤家の娘として‥お嫁に出してくれるというお気持ち、それはとても嬉しく思います。けれどあたしは、どう足掻いても一ノ瀬家の人間です。一ノ瀬家が私をお嫁に出すとは考えにくいですし、だいたい家事ができないあたしを誰が引き取ってくれると言うんですか」
「家事を覚えることなんて今からでも遅くないわ。さっ、早く夕餉を作らなきゃ間に合わなくなっちゃう。於瑙ちゃん来なさい」
一ノ瀬家の件を完璧に無視しツネは台所へと入っていった。
そんなツネに唖然としながらも少しばかり嬉しく思った瑙子は逃げることを諦め、ツネの後を追い台所へと足を踏み入れた。
「えーと‥あたしは何をすればいいのでしょうか‥いきなり何か一品作れと言われても無理ですよ!?」作りかけの美味しそうな匂いがする料理の数々を眺め、瑙子は慌ててふためいた。
ツネは瑙子のそんな様子にクスリと笑う。「そうねぇ‥お味噌汁でも作ってもらおうかしら」
「‥お味噌汁‥って十分立派な一品じゃないですか!!無理です無理です!今日のところはツネさんのお手伝いということで許してください」無意識に後ずさりをし、首を大袈裟に左右に振る。
後ずさりした瑙子に一歩近づき、ツネは瑙子に野菜を持たせた。「大丈夫。私がちゃんと指導して味を見ながら作ってもらうから。ね?」
有無を言わせぬツネの笑顔。
瑙子は手にした野菜を見つめ拗ねたように頬を膨らませたが、覚悟を決めたのかまな板の前に立った。
「‥野菜の切り方から教えてください」
瞬間、ツネが口を抑えながらも笑ったのは言うまでもない。
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