ここに在るのは、暖かさ

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陽が暮れ、夕餉の刻。     試衛館の一室には、試衛館が抱える食客達が集まっていた。   『あの瑙子が初めて夕餉を作る』、という総司らが流した噂により、食客達はそれぞれ意地悪そうな笑みを浮かべ楽しんでたり、または恐怖で怯えたりとしながらも、今か今か瑙子が作る夕餉を待ち構えていた。   総司が可笑しそうに口を開く。「一体全体どういった夕餉になるんでしょうね。瑙子って包丁を握ったことありましたっけ?」     「なかったんじゃないんですか?」   そう、たどたどしく答えたのは藤堂平助。試衛館最年少の食客である。自分が一番下ということに遠慮をしているのか、いつも受け答えは丁寧でありながらもどこかたどたどしく、年下の瑙子にまで敬語を使っていた。     「俺は楽しみだ。とうとう瑙子も女への第一歩を踏み出したということだ」   そう満足げに笑むのは食客の一人、永倉新八である。彼は瑙子にとって土方同様口煩い人間の一人であった。稽古の現場に居合わせようなものなら「女子が剣など」と言って瑙子から剣を取り上げてしまう始末である。そんな永倉であるから、今夜の夕餉はことのほか楽しみであった。     「そうだな。於瑙がこれを機に家事全般に目覚めてくれれば、いつでも嫁に出せる準備はある」   そう優しく微笑んだのは近藤勇。ツネの夫でありこの試衛館の道場主であった。土方が瑙子の兄代わりなら、近藤は瑙子の父代わりとでも言おうか。いつでも彼は優しく瑙子を見守ってくれていた。本当の娘のように思い、いずれ近藤家から嫁に出そうと、近藤は本気でそのようなことを考えていた。     「まぁ‥於瑙がいきなり家事に目覚めるとは到底考えにくいですが」山南が苦笑する。彼は瑙子が調子の良い時は皆が起きる前に毎朝一人稽古をこっそりとしているのを知っている為、夕餉を作るのは今日限りだろうと考えていた。     そんな山南の考えを風で吹き飛ばすが如く土方が笑った。「心配には及ばねーよ、山南さん。これからは毎日無理やりにでもさせる。女がいつまでも俺達と同じように木刀を握るわけにはいかねぇ」   その言葉にはどこか憂いの感情が秘められていた。なぜ土方が急に瑙子に家事をやらせようと考えたのか、その真意は誰にも理解できなかった。     が、土方の声色で少し重苦しくなった空気を原田が勢いよくぶち破った。「そんなことより飯だ飯!おりゃあ腹減って仕方ないんだよ」
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