修学旅行。

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 僕が担当する週末のスクーリング開始前、教室に藤屋さんの姿を見つけた。 「おう、藤屋さん」  教壇にいる僕が笑うと、小さく手を振るから、僕も左手を少し挙げて返事をしてみた。  他の生徒は携帯を見たり、窓の外を眺めたり、レポートをやったりしていて気付かない。 「そんな後ろで授業受けないで前のほうおいで。ほら」 「……」  藤屋さんは黙ってうなずき、荷物を持つ。  小動物を思わせる動きでちょこちょこと歩いてきて、最前列に座った。 「……きょうの範囲って、どこ?」 「イスラーム世界の発展。予習してないなぁ?」 「ゴメンナサイ……」 「きっと楽しいよ。楽しませるように授業するのが僕の仕事だからね。」  チャイムが鳴る。 「きょうは授業の前に少し連絡を。先程ホームルームで聞いたかもしれませんが、もうすぐ修学旅行の申し込みがはじまります。行き先は京都、1泊です。」  みんな興味なさそうだなぁ、オイ。 「全日制みたいに毎月の積立金があるわけじゃないから、4・5万くらいいきなり払わなきゃいけないんだけど……団体割引とかフルに使うから、個人で行くとしたら京都にこれくらいの額で旅行できることってないよ。オススメです」  ほんとに興味ないんだな……。 「転編入生で、前在籍校で既に修学旅行に行った人は、こっちの修学旅行にも行くってことはできませんので注意してね。」  えー、うちらだめじゃん!と声を上げるギャルがふたり。  聞いてたのね、喋ってたわりに。 「行きたかった?ごめんね、そういうきまりだからね。」  きまりならしかたないけどさあ!だって。ごめんね。 「ちなみに僕も引率教員ですので、行きたいって人はよろしくね。」  ぼんやり何かを考えているような藤屋さん。  その様子が気になった。 「じゃ、授業始めます。起立」  僕はこころのどこかで、彼女が修学旅行に来ればいいな、と、思っていた。
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