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数日後、僕は刷り上がりたての修学旅行参加者名簿を手にした。
そこに「藤屋つぐみ」の文字を確認して、どこかほっとしていた。
旅行が好きで、ふらりと一人旅に出るのが好きな僕は、今回訪れる予定の寺にも何度も行ったことがあった。
藤屋さんはどうだろうと、ふと思った。
昼休みの喧騒が一段落したころ、屋上ではなく、エントランス横のカフェテリアで藤屋さんに偶然会った。
「おう!藤屋さん。」
「おおかみ先生、ガオー」
「きみは意外とおもしろい子だよね……ガオーて……。ここ座ってもいい?」
彼女は無言でうなづいた。
「そういえば、修学旅行、来るんだね。友達と?」
藤屋さんは首を左右に振る。
はい・いいえは声に出さない主義なのだろうか?
「……ひとりで?」
微笑とも苦笑ともつかない表情で、京都、すきだから。と呟く藤屋さん。
「僕も京都好き。よく行くんだ。」
「誰と……?」
「ひとりで。僕には旅行に付き合ってくれるようなひとがいないんだよ」
藤屋さんは目を丸くした。
「先生、結婚してるんじゃないの……?」
「ええっ?してないよ。『仕事ちゃん』とは長年交際してるけど、あの子僕と籍入る気ないらしいよ。だから売れ残りました」
「仕事ちゃん」
「つまんなかった?ごめんごめん」
「……よかった」
僕はとてもゆるやかに驚いていた。
「僕に関心のないようだった藤屋さんが、僕が結婚していなくてよかったと言って笑っている」ように聞こえる。
そう聞き取ってしまった僕自身に、僕は驚いていた。
よかったって、何が?……そう聞きたくて、それができなくて、僕は冷めかけたブラックコーヒーを飲む。
まるで光を眺めるように、目を細めて彼女は笑った。
よく見れば表情豊かな子、ことばにしないだけだと、気付いた瞬間。
僕はいつからきみの一挙一動にどぎまぎするようになったのだろう。
どこか危ういきみをみて、僕はまるで硝子細工を運ぶときのようなはらはらした気持ちになっていた。
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