きみとの、であい。

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 きっと屋上に違いない。僕はそう思っていた。  瞳の奥にあやうさを秘めて、怒られることを恐れていた藤屋さん。  僕が彼女に信用されなければ、居場所がなくなったと思ったかもしれない。  屋上は彼女のこころのかたちを保つための聖域なのだろう。  そんな大切な場所に、僕が突然立ち入ったから……。  約束を忘れたの?  何かが胸につかえているの?  握り締めた手の中に屋上への鍵をしのばせて、何と声をかけようか迷いながら、階段を駆け登る。  久々に全力で走ったせいか、心臓がばくばくと激しく打つ中、扉を開けようとすると、手が震え、鍵がなかなか鍵穴に刺さらない。 「くそッ!」  やっとのことで扉を開けると、モノクロのように見える程の色のない屋上に、ぽつんと赤い傘が見えた。  誰にも見つからないわけだ。  まさか彼女がこんな場所にいるとは、誰も思いはしないだろうから。 「藤屋さん、何してるの?」 「……先生」  僕を見て、藤屋さんは走り寄って来た。一歩踏み出す度、足元に水しぶきが広がる。  彼女が僕に傘を差しかけてくれた。 「ありがとう」  藤屋さんが涙ぐんでいる。  相合い傘なんていうような、甘いものではなかった。 「……ごめんなさい」 「謝らなくていい。ただ、黒沢先生がきみを心配しているよ。黒沢先生だけじゃない、僕だってそうだよ。きみを心配している」  雨音だけが響いている。  うつむいて涙をこぼす藤屋さんと、思いあぐねる僕。 「寒いでしょ。保健室に行こうか。カフェでも、ホールでもいい。とにかく、ここは寒いから、中に入ろう。」  藤屋さんは首を左右に振る。 「僕はきみの味方だよ。でも、体調が悪くなりそうだと思うことを、きみがしようとしているなら、それは止めなきゃならないから、言うんだ」 「わかった」  僕は思わず、藤屋さんの頭を撫でてしまった。 「えらいえらい。」  彼女の頬がほんのり色付いたのを見て、僕もじぶんがしたことに気付く。 「約束の件は、僕が黒沢先生に伝えておくから心配しないで。僕のでよかったら、ハンカチ使って。」  いつか、きみのこころの奥に触れられたらいい。僕を信じてほしいと、僕は思った。
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