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教授の知人とは、昔の教え子で現在は関西の大学で院生として文学について学んでいる清水孝史だった。
どうやら教授が書庫整理のアルバイトをしている陽一の話を聞いて、ぜひ会ってみたいと以前から教授にお願いしていたようだ。
孝史と待ち合わせていたレストランで教授から彼を紹介された陽一は、作り笑いだが笑みを浮かべて孝史に対応した。
教授は『どうしても会わせろ!とうるさいんだよ。すまないね。』と言いながらも、ワインをがぶがぶと飲んでは饒舌になっていた。
陽一はまだ未成年なので、ペリエを飲みながら教授の話を聞いている。
世代の違う教え子が二人一緒にいる事が嬉しかったのか、教授は上機嫌のようだ。
孝史はレンタカーで来ているのと、明日が早いため、ワインは一滴も飲まずに、陽一と一緒にペリエを飲んでいる。
高級なレストランなので、出される料理はどれも美味しかったのだが、育ち盛りの陽一からすれば多少物足りなかった。
教授がとうとう酔い潰れてしまったので、食事会はお開きになると、孝史が陽一に指示を出した。
「片瀬君だっけ?済まないが、教授を連れてきてくれないか?車で自宅まで送るから。」
「はい、判りました。」
孝史の指示で、陽一は酔い潰れてしまった教授を店から連れ出すと、エレベーターでレンタカーのある駐車場まで運んだ。
そして後部座席に座らせ、シートベルトを締めさせると陽一は頭を下げてお礼を述べた。
「今日はありがとうございました。教授には明日、直接お礼を述べますと伝えて置いてください。」
「判った。片瀬君はこのまま帰るのかい?」
「はい。走れば多分、最終の電車に乗れると思いますので。」
「なら、教授を送りがてら君も送っていくよ。」
「でも、清水さんが・・・。」
「気を使わなくてもいいよ。どうせ教授を届ける方が早く済むと思うし。」
これ以上は断るわけにはいけないと思い、陽一は孝史の厚意に甘えることにした。
助手席に座り、シートベルトを締めた瞬間、脳裏には彰吾の車に乗った時の映像が浮かび上がった。
(どうして?車に乗ったから?)
滅多に車には乗らないのが記憶を呼び出してしまったのか。動揺しながらも、陽一は運転席で笑みを浮かべている孝史に笑みを返した。
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