290人が本棚に入れています
本棚に追加
香里ののろけ話をずっと聞いていたので、睡眠不足だった陽一は全く講義に集中する事が出来なかった。
講義が終わり、ヨロヨロと講義室から出た陽一は、次の講義まで空き教室で仮眠を取ろうと廊下を歩いていたが、無駄に終わってしまった。
そう、真正面から香里と彰吾の二人が歩いてきたからだ。
二人に気付かない状態で廊下を歩いていた陽一は、不意に腕を掴まれて驚きを隠せなかった。
腕を掴んだのは、彰吾だ。
「片瀬君!ヨロヨロと歩いてたら危ないよ?」
「桐嶋さん・・・。それに香里?」
「どうしたの?陽ちゃん。もしかして、昨日の私の電話がまずかったの?」
「そうだよ!おかげで寝不足だよ。」
違う。
香里の電話ではない。
電話が終わった後、陽一は眠れなかったのだ。
寝れない原因が判らないが、睡魔がどうしても襲ってこなかった。
香里から、彰吾と付き合うと聞いてからだ。
二人の顔を正視できない陽一は、その場から逃げようとしたが、彰吾に腕を捕まれていることに気付いた。
「あの……腕を放してくれませんか?」
「ああ。ごめん。でも、本当に大丈夫かい?顔色も悪いし。」
彰吾が心配そうな表情で陽一の顔をのぞき込んだ。瞬間、陽一の胸がドクンと鳴った。そして頬を赤く染めると、早足でその場から立ち去ったのだ。
突然のことで、香里は驚いていたが、彰吾だけは違っていた。
その場から離れ、陽一は誰もいない空き教室に入ると、鍵を閉めてそのまましゃがみ込んだ。
(俺、どっちに嫉妬をしている?香里?桐嶋さん?)
初めて知る感情に、陽一は混乱していた。
香里と彰吾の一緒にいるところを見てショックを受けたのか。
それとも、彰吾に腕を掴まれてドキッとしたのか。
全ての感情が陽一の十九年という年月の中で体験したことのない気持ちだった。
しゃがみ込んだまま、陽一は体育座りの形になると、顔を膝の部分に埋めた。
(判らない。俺は一体、どうしたいんだ?)
陽一は次の講義が始まるまでの間、ずっと一人で考えていたが、答えが見つからなかった。
開始五分前のチャイムが鳴ったので、陽一はその場から立ち上がると鍵を開けて教室から出た。そして急ぎ足で講義が行われる教室へと向ったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!