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僕の右腕は、ゆっくりと地に落ちた。
その部屋はほのかに薄暗く、華やかなシャンデリアの灯りは着いていない。大きな窓から煌々と差し込む夕焼けの光だけが、唯一眩しかった。
――赤い光は、赤い雫に煌めく。
「す……すみまっ、すみま、せん……! すみません……!」
今更、赦されるはずないのに。
そう頭では理解していても、口から無意識に漏れる贖罪の言葉と、瞳から溢れる塩辛い涙は、どう足掻いても止まらなかった。
伝う水滴は、頬にかかった返り血を取り込むと、ぽつぽつと床に垂れていく。
「あな、た、は……悪くな……でしょ…………?」
ひゅー、ひゅー、と、彼女は喉奥から絞り出すように、荒い息を上げる。
誰から見ても、彼女に死期が近いのは明白だった。僕がそうした。この、右手で潰れるほどに握り締めた鉄の塊で。彼女の胸の風穴は、僕による物だから。
でも――ぼやけた視界の彼女は、この状況にも関わらず、普段と何ら変わらない、聖母のような笑顔を浮かべていた。ほとんど真横から注ぐ日光が、彼女の最後の笑顔を映えさせる。
「……なん、で? なんで貴方はっ、笑うことができるんですか!? 今ッ、貴方の目の前にいる男は……僕はッ、貴方を……!」
なんで、なんで、なんで……!
僕は醜い嗚咽を漏らしながら、その場に崩れ落ちた。右手の物が、音も無く床に落ちる。
顔を覆った掌には、吐き出した沢山の汚濁が溜まっていた。
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