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一瞬のうちに学者の顔になった池田奈緒は「これが、《悪夢》なのね」と静かに声を落とした。
けれど、それも数秒のことで、ハッと顔を上げると、顎に当てていた指を外し、すごい勢いで走り出した。
「い、池田さん!?」
「上に……上に行かなきゃ!」
何を考えているのかを理解する間もなく、僕はその場に取り残されてしまった。
足音が遠のいていく。
遠のいて、遠のいて……最後には音すら響いてこなくなった。
「上って……上には何があるんだよ」
僕は上を見上げたが、黒い空間が広がるだけで、特に興味をそそられるものは何も無い。
それに、彼女が向かっていったのは僕にとっての下だ。
階段という一枚の板を挟んで、僕たちは立っていた。
となると、僕にとっての上は池田奈緒にとっての下であり、逆もまた然り。
この空間には、明確な方向が無いのだ。
“じゃあ、どこに?池田さんはどこに行くつもりなんだ?”
しばらく立ち尽くしていると、再び足音が聞こえてきた。
聞き覚えのある、カツンカツンという音。
それに加え、今回は荒い息遣いまで僕の耳に届いた。
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