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馬鹿正直な人だと思いながら、僕はどんどん階段を下っていった。
当然のことだが、歌はゆっくりと遠ざかる。
無音のため歌がよく聞こえるが、それでも距離が広がると空気は振動しなくなるらしい。
十分くらい歩いた頃、とうとう歌は聞こえなくなったが、更に歩き続けると、歌は再び僕の鼓膜を震わした。
“やっぱり……”
ここで確信を持った。
僕は一気に駆け出した。
歌声は徐々に大きくなっていく。
最初はメロディーだけしか分からなかったけど、そのうちに歌詞も理解できるようになった。
歩き始めた時とは違う、悲しいバラードがゆっくりと黒い空間を漂う。
それを頼りに、彼女の居場所を探り、息を整えながら階段の裏を覗いた。
「池田さん」
「あ、あれ?戻ってきたの?」
「一周してきたんです。この階段、段差を重ねただけで上にも下にも行けないただの床ですよ」
「嘘よ……」と池田奈緒は絶望したように座り込んだ。
「それじゃあ……今まで走っていた私は何だったの……?」
「どうして走り続けてたんです?」
僕が問うと、池田奈緒は答えようとしたが、次の瞬間――。
「うっ……!!」
彼女は自分の胸を押さえ、苦しそうに倒れこんだ。
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