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男性の笑い声が収まった後、暫くは、再び沈黙が部屋の中を占めていた。しかし最初の沈黙のように重苦しいものではなく、穏やかな沈黙だった。
男性がコーヒーに口を付ける。勿論、高嶋のように唇を焼く事もなく、その姿は男の高嶋が見惚れる程、すっきりと美しいものだった。
高嶋はそんな自分に気づき、頭を振って自分もコーヒーに手を出した。今度は自分の息で表面に立ち籠もる湯気を吹き飛ばし、恐る恐る口を付ける。
その様子も、また可笑しいのか、男性は今では真っ直ぐに高嶋に顔を向け、柔らかな笑みをその口元に湛えていた。
と、唐突に口を開く。
「カツ丼……」
「は?」
「カツ丼とか出ないんですか?」
耳に心地好く響くテノールが、そんな事を話すので、今度は高嶋が笑い出す。
「いつの時代の刑事ドラマですか。そりゃあ、食事くらいは出ますけど、流石にカツ丼は……」
「いえ、私は良いんですが刑事さんのお腹が欲しがっているかと」
それを聞いて高嶋がまた赤くなると、男性は楽しそうに笑う。高嶋は威厳を取り戻そうと、また職務に立ち返る意味もあり、再び、最初の質問を口にした。
「そんな事は良いんです。それより、貴方の自供内容についてですが、何処で誰を殺したと言うんですか?」
「それは……」
男性がまた下を向く。高嶋は、また振り出しに戻るのかと身構えたが、そうでは無かったらしい。
男性の視線が再び高嶋を捉えると、言葉を選びながら話し始めた。笑った事で、少し緊張が解れたのだろう。
高嶋は自分のドジに複雑ながら感謝をしつつ、男性の話に耳を傾けたのだった。
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