14人が本棚に入れています
本棚に追加
「えっと……あなたは男性、ですよね?」
室井は、自身の記憶を彷徨いながらも、迷いの無い確りとした口調で話していく。高嶋はそれを黙って聞いていたが、ついそう口を挟んでしまった。
直後、室井の瞳の中はシャッターが下ろされたかのように光を失い、また口を噤(つぐ)んでしまう。高嶋は「しまった」と思ったが、時既に遅く、彼は再び高嶋を拒否し、心を閉ざしてしまっていた。高嶋は、不用意に形にしてしまった言葉を後悔した。
芹沢から送られる視線が痛い。
温(ぬる)くなってしまったコーヒーに口を付けつつ、どうするか考え倦(あぐ)ねる。その時、扉の外が俄(にわか)に騒がしくなっている事に気付いた。
古河さん達が戻ったのか。
この状況の打破。いや、本当はこの状況から逃げているのだ。それを痛感しつつも、高嶋は新しい風を引き込む為にもそちらに向かった。
男性がこちらに意識を向けているのは、痛い程感じていた。それが好意的なものではない事も判っていた。
だからと言って、どうすれば良いかも分からない。
それは高嶋が扉に手を掛けるのと、ほぼ同時だった。騒がしく喋る、耳障りな声が、その扉を隔てた向こう側で止まる。そしてそれは、扉を開こうとする高嶋の力に、反対側から同方向の力を加えたのだ。
負荷の殆ど無い扉と共に、高嶋の身体はバランスを崩していた。
最初のコメントを投稿しよう!