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高嶋がどうにか倒れず踏み留まったのは、偏(ひとえ)にこれ以上の醜態を晒したくないという、自身の矜持のようなものだったのかも知れない。
勿論、今、目の前にいる、ネズミ男のような人物に倒れかかっていきたくないという気持ちもあっただろう。
この人物を引き留めようとしたらしい婦警二人が、その後ろで申し訳なさそうに高嶋に視線を送ってきていた。一人は先程、コーヒーを頼んだ婦警だ。
通路の向こうでは、何事かと窺う数名の視線があった。
ネズミ男は、そんな事はお構い無しに口を開くと、先程聞こえてきていた耳障りな声で、捲し立て始める。
「ちょっと ! 何の容疑でうちのユウを取り調べてるワケ? 悪いヤツがその辺のさばってるわよ、きちんと仕事しなさいよね! ユウも何してんの! 部屋に迎えに行ったらいないし……探しちゃったわよ。今日のスケジュールが狂っちゃったじゃないの。さ、早く行くわよ!」
身長は芹沢より少し高いだろうか。しかしひどい猫背で、実際の身長よりも低く見える。
服を着込んでいるが、その上からでも、服の下には骨と皮しか無いだろう事が判るくらいに痩せている。その痩(こ)けた頬と、薄く色の悪い唇から覗く、他の歯よりも前に飛び出した上の門歯、神経質にキョロキョロ動く、吊り上がった目。そしてこの耳障りな声。それらが、高嶋にこの男性を、ネズミ男という形容で呼ばせてしまったのだ。
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