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右手から、血に濡れたナイフが滑り落ちる。
目の前で倒れている塊からは、真っ赤な鮮血が溢れ出している。まだ動いているようだが、このまま放っておけば自分が手を下さずとも、その生命活動の幕を閉じるだろう。
そう、自分が手を下さずとも……。
ここに他の人間が来る事は、少なくとも後二日は無い筈だ。
ああ、雪が降り出した。
失血死か凍死か……何れにせよ意識を回復する事が無ければ、このまま死の眠りにつく事が出来るだろう。
血の付着した手袋とコート、それに、先程落としたナイフを拾い上げると、持参していた黒いビニール袋の中に無造作に詰め込む。
そしてその袋を掴むと、紅く染まった塊を一瞥し、くるりと背中を向けて歩み去るのだった。
後に残るのは、地べたに横たわる微かに動く紅い塊と、それを取り囲む無機質な金属。周囲は灰色に近い、白いビニール製の幕に覆われている。空は赤茶けた鉄板に遮られており、見る事は出来ないが、きっと鉛色の雲が青空を覆い隠しているのだろう。鉄板を避けるように舞い込んできている雪が、そう言っている。
ここは建設途中の工事現場か何かだろうか。
紅い塊に触れると、その存在を失っていた淡く儚い雪。それは次第に、全てを食い尽くす程の存在を持ち、白い蕾を至る所につけ始めていた。
それらの蕾が花開くと、無骨なだけでしかなかった工事現場は白い花畑となる。それは紅い塊にも白い花をつけ、全てが冬の妖精達の遊び場となるのだった。
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