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「古河さん、何ですか?」
これで今日の昼飯は抜きだな、と、半ば諦め気味に、自分の上司でもある中年親父、古河勝平(こが かっぺい)に問い掛けた。
「今な、人を殺したって自首してきた若い奴が居るんだが、ちょっと話聞いてやって欲しいんだわ」
――これで昼飯抜き決定か。
もともと、警察、しかも殺人課等という因果な商売をしていて、食事を三度三度、時間通りに食べられるとは思っていない。
しかし今、頭の中に具体的に食べ物を思い浮かべた後に、食事抜きというのはきつい訳で……。
「古河さんは?」
勿論、古河の物言いは柔らかいが、口にした言葉は決定事項だ。だから、高嶋がこんな問い掛けをしたところで覆る事等無い。悪あがきをしてみただけだ。
「ん? なんだ、知らんのか? さっき仏さんが上がったんで、儂はそっちに向かう事になっちまったんだ」
寝耳に水とはまさにこの事だろう。高嶋は驚いた。
「えぇ!? 今、初めて聞きましたよ」
「今しがた通報があったらしいぞ。儂もさっき聞いたところだ」
なら自分が知る訳が無い。
完全に禁煙になってしまった署内から逃げ出して、ここで一服していたのだから。
「じゃあ、その自首してきた奴が犯人ですか?」
「それはまだ判らん」
古河の細い目が鋭く光るのが判った。
“性急に結論を出すな”
そう言っているようだ。
高嶋は、つい短絡的に考えがちで、いつもこうして古河に注意を促される。
その度に反省はするのだが、何年経っても直らない。
「じゃあ頼んだぞ。取調室には、先に芹沢を向かわせてるからな」
古河はそう言うと、高嶋を残して去って行った。
高嶋は、話している間に短くなった煙草に未練がましい視線を送ると、一つ溜息を付き、玄関脇に置いてある灰皿に押し付けた。まだ火の残る吸い殻が、水が少し張られた灰皿に落ちると、ジュッと小さく音が聞こえる。
高嶋は自身の息か煙草の煙か、口から白い息を一つ吐き出すと、署内に戻ったのだった。
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