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「あ、父さん。おれあの子ほしい」
「ん?」
少年は、父である男の袖を掴み、少女を指差した。
母親はぴくりと眉をひそめきょとんとする少女を庇うように前に立つ。
「そうかそうか。父さんに任せなさい」
男はそう言って笑いながら少年の頭を撫でると、ずかずかと母親の所へと歩み寄った。
恰幅の良い男に見下ろされながらも母親は目一杯睨み付ける。
「おい」
「何ですか」
「その子供の母親か」
「ええ」
ただならぬ雰囲気に、少女は母親にしがみつく。
それをあやすように母親は片手で頭を撫でてやりながら目の前の男から視線を逸らさない。
「いくらだ」
「は?」
意味がわからず顔をしかめながら母親は何がですかと問う。
すると男は少女を指差し、そいつだ、と答える。
「買い取ろう、いくらだ」
「テメェ!!」
母親はギッ、と今までになく男を睨み付けると、固めた拳を顔面に叩き込んだ。
激しく憤りながら母親は男を怒鳴り付ける。
「買い取ろう、だと!? 人の愛娘を物扱いするんじゃねえよ! いいか、一億出されようが私はこの子を売ったりしない! いくら積まれようと、私はお前に拳しかくれてやらないからな!」
一気に捲し立てると、母親は浅く呼吸を繰り返しながら口元の血を拭う男を視線で殺さんばかりに睨む。
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