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「う…嘘よ」
いつもクールなクルミでも、今回ばかりは動揺を隠せない様子だった。
「十年だよ…?十年ぶりの再会だよ?冗談言わないでよ!」
「…」
仁は何も言わず、面倒くさそうな顔をして本に栞を挟むと、席を立ち、教室の出入口へ向かっていった。
「仁!待てよ!」
正人は声を荒げて仁の名を呼んだ。
普段から温厚ではないが、正人がこんなに荒々しい声を出すのを聴いたことはこの十年でも二度ほどしかない。
「いつからだ?いつからそんな薄情な人間になったんだよ…!ライバルだと思ってたの…俺だけか?」
「ライバル?俺とお前が?どこのコンクールに出たんだ?常連の顔なら分かるんだが」
「バカにしてんのか!?」
「正人!よしなさいよ!」
「いいや、クルミ!これだけは譲れねぇ!あいつの隣で肩を並べるのは俺だけだ!どんなに技術があるやつが現れても、その場所だけは譲んねぇ!仁、忘れたなら刻みつけとけ!俺は葉月(はづき)正人だ!」
子供の頃からの正人のこだわりだ。
音楽教室で、どんなに上手い人が入ってきても、数日後にはその人を抜いている。
仁の隣に立つためなら努力を惜しまない、それが正人だ。
だけど…―。
「悪いな。何も覚えてないし、刻み付ける気もない」
だけど、そんな正人の叫びさえも、仁には届かなかった。
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