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帰宅後。
私は鞄から、ある楽譜を取り出した。
手書きで、題名のない楽譜。
昔に仁にもらったものだ。
一枚目の右上には仁のサインがある。
私たちはこの曲を完成させるという約束をした。
そして、現に私たちは完成させているはずなのだ。
けれど、仁は《覚えてない》。
“…完成…しているよね?”
もちろん、この《完成》というのは《演奏者としての完成》を意味している。
ピッチも正確、記号もタイミングを間違えず、テンポも速すぎず、遅すぎず…。
もちろん、作曲者の意図を考えて心情込めるのも忘れない。
むしろ、それが癖になっている。
“本当に…覚えてないの?”
また涙が出てきた。
私は楽譜を抱きしめて、その場にうずくまってしまった。
そして、私の中で《どうして忘れてしまったの!?》と仁を責める言葉と、《本当は完成してないんじゃないの?》と自分を疑う言葉が混ざりあっていった。
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