540人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
音楽室の前に真っ先に着いた正人は乱暴にドアを開けた。
そこには予想通り、ピアノを弾いている仁の姿があった。
「この楽譜、君の?」
仁はこちらをチラリとも見ずにそう言った。
「違う」
彼のピアノの音は昔から変わらない。
正確な音の連続がメロディーとして流れていく。
「俺らのことを忘れても、ピアノのことは忘れないんだな…」
正人はピアノの横まで行くと挑戦的な態度を取った。
「この間コンクールで弾いたんだ。覚えているのは当たり前だろ」
それだけ言うと、彼は演奏をやめて立ち上がった。
「じゃあ、俺は帰るから。弾きたいならお好きにどうぞ」
「待ってよ」
帰ろうとする仁を止めたのは、私でも正人でもなく、クルミだった。
クルミは出ていこうとする仁の腕を掴んで、少し高い位置にある彼の目を睨んでいた。
「何?」
「聴きたいことがあるの。私たちは、あなたの《覚えてない》という発言に納得してないわ」
仁の袖にシワが寄る。
クルミは視線をそらさない。
最初のコメントを投稿しよう!