「煙草は駄目!!」

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このまま、何も事も無く、ゆっくり時が過ぎて行けば良いのに―と、馬鹿げた幻想を思い浮かべていたのが、一気に崩れ去っていく。 (まあ、前に戻るだけだしな…) そう考えた時、明人は何故だか胸が締まる様な切なさを覚えた。 この状況を手放す事を拒絶するかのように、強く重い感情の塊が胸を支配する。 しかし、自分の撒いた種だ。 現物まで用意しといて、今更無かった事に出来る訳がなかった。 彼はふぅと一息吐いて、その感情を抑えると学生服の胸ポケットに手を入れた。 「…ほらよ」 ーそう言って、胸ポケットの中身を由綺に渡した時の明人の瞳は、まるで精気の無い物だった。 「…えっ?、これって…」 「あっ、お嬢様には解んなかったか?それ葉っぱ、マリファナ」 声に抑揚はない、淡々と事実を告げるだけであった。 それに対して、マリファナを渡された由綺は驚愕の表情を浮かべ、固まっている。 「マ、マリファナって、あの麻薬の…」 そして、呟くように言う彼女に対して、明人は追い討ちをかけるように言った。 「…そうそれ。まあ、俺は吸わねぇけどな…。まっ、要するに俺が煙草辞めるっていうのは、琴島がそれを吸うっていうのと同じくらい嫌な訳よ」 頭の中では全然比べ物にならないと解っているし、明人自身、最低な事をしている自覚があった。 しかし、現物を出してしまった以上はもう後には退けなかった。 ―最後までこの道化を続けるまでだ。 「辞めて欲しかったら、それ吸えよ?出来ねぇなら、俺にもう関わんな…」 そう言って、彼は煙草をくわえて他所を向いた。 その瞬間、彼は道化を演じきったと思った。
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