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遠くに雨音。
秋雨前線のせいか、夜半過ぎから降り出した雨は朝になってもおさまる気配を見せない。
一人暮しには贅沢な社宅の3LDKの一室。
酒気を帯びた私はベッドに倒れこんだまま、暗闇を見つめていた。
頭のとなりには、電話を終えたばかりの携帯がまだ光っている。
携帯の液晶画面には7:03の表示がでている。
父からの祖母が亡くなったという電話だった。会社へ連絡をいれたら午後には両親の待つ実家へ向かうことになった。
雨音は、開けっぱなしの窓からひんやりとした空気を伝い、酔った頭に心地よく響いてくる。
そういえば子供のころ雨の音がたまらなく好きだった。
ただの雨音ではない。
祖母の家のトタン屋根にはね返る雨音がだ。
小学校2・3年の頃、母が病気で入院することになり、私は田舎の村にある祖母の家へ預けられることになった。
その家は死んだ祖父が建てたという小さな木造の一軒家だった。近所の親戚連中が改築か引越しを勧めるのだが、祖母はまったく耳も貸さずにたった一人で住んでいた。
確かにお世辞にもきれいな家とは言えなかったが、中は掃除がいき届いており、こざっぱりとした感じの平屋である。
住み始めた頃、私は仏壇から漂う線香の香りが嫌いでならななかったが、日がたつにつれて次第に気にならなくなった。学校から帰ると、山登りに川遊び、虫をとったり野苺を集めたりと、遊ぶことが山のように待ち受けていた。
そこでの楽しみというのが、寝ながらトタン屋根に跳ね返る雨音を聞くことで、ぶ厚いコンクリートに囲まれた団地住いだった私には、その軽快で不思議な音が驚きだった。
闇の中、眼を閉じて布団を頭までかぶり、耳をすます。
すると不意に、この家だけが水面に建っているような気がしてくる。
海面か湖面かさだかでない水の上、そこは波一つたっておらず、雨に煙った水面が果てしなく続いている。
ひろいひろい水の上、トタン屋根の家が、ゆるやかにながれていく。
いや、水が流れているのだろうか?。
私は布団の中で小さく笑う。
暗黒の異世界へいってしまうような、微かな恐怖と、静かな歓喜。
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